立ったまま寝る毎日

毎日を生きる

2,000円払って変な髪型にされた

可愛くなる努力をしなければ殺されて脂を取られて石鹸や燃料にされる!という思いに取り憑かれて三日経った。そういう夢を見たんです。

夢を見た日から、努力をしよう、せめて努力をしてるフリだけでもしよう(結果が出ないと努力したとは認めてもらえないため)と思って、顔にパックを貼ってみたりファッション誌を買ったりしてみた。さあ読むぞ! と思ってページをめくったところ、購入したファッション誌が2ヶ月前に発売されたものだということが判明し、読まずに返品した。

 

髪も切りたいし、と思って美容室を予約した。今回も初めて切ってもらう美容室に行くことにした。

努力をしなければ殺されることになった私は久しぶりにコンタクトをつけて外に出た。もちろん化粧もした。コンタクトにしたほうがいいよ、と今まで散々言われてきたのだ。

しかし、久しぶりにメガネを外した自分の顔を見て朝食の卵焼きを吐きそうになった。普段のメガネよりもこっちのほうがいいのか? じゃあ普段はもっとひどいのか? 鏡を見てるうちにいよいよ気分が悪くなり、急いで吐き気止めの薬を飲んだ。家を出て40分。なんとか吐き気を堪えて美容室まで辿り着いたが、予約した美容室は妙に殺風景な空間で、客のわりに店員が多く、なんとも言えない居心地の悪さを感じた。

 

「今日はどんな感じにしますかあ」と言う女性美容師に、「似合わせカットでお願いします」と言える勇気はなく、もにょもにょと要望を伝えた。時々、鏡に映る自分の顔が視界に入って、相変わらず吐きそうだった。

シャンプーをされながら周囲の会話や音を聞いた。「今この場にいる人間は全員美に関心がある人間なのだ」と思うと、私はこの場で殺されるんじゃないかと思ってびくびくした。トリートメントに見せかけて、毒を頭皮に塗られて殺されるかもしれない。執拗に問われる「痒いところはないですかあ」に小さな声で「だいじょうぶです」と返し、そのやり取りが6回目になった時に洗髪が終わった。生きてる。

 

席に戻ったあとも正面の鏡を直視することができない。今まではメガネをかけて美容室に行き、施術中はメガネを外していたので自分の顔を見ずに済んだのだ。しかし、今日はコンタクトにしてきてしまったのでそういうわけにはいかない。鏡の下に置かれた雑誌や、鏡に映る自分の首あたり(首あたりから上を見ることができない!)で視線をうろうろさせながら、殺された方がマシかもしれないと思った。

 

「前髪はどうしますかあ」

「あ、切りたいんですけど、切ると、割れてしまって、えと、まばらに。それが嫌なんですけど、そうならないなら、切ってほしいです」

「あーわかりましたあ。軽めがいいですかあ、それとも重めにしますかあ」

「あっ、重めで」

「可愛い系が好きなんですねえ(笑)」

殺された方がマシだと思った。

 

私は施術中もほとんど会話を交わさず、隣で髪を染めている客と女性美容師の賑やかな会話を聞いていた。旧友ですか? と聞きたくなるほど親しげで、自然で、楽しそうだった。別の生き物だと思った。

私の目が多動しているあいだにも、どんどん髪の毛が落ちてくる。ちょっとこれ切りすぎじゃないか? とびくびくしながら、やっぱり鏡を見ることができない。しばらくそわそわして、どうせ途中で「やめてください」なんて言えないし、と思って諦めた。それにどうせ私は最初から死んでいる。

 

「できましたあ、お疲れさまです」と言われたので嫌々鏡を見ると、そこにはもうとんでもないブスが間抜けな顔をして存在していた。誰だよ。私か。今まで自撮りでしか自分の顔を見たことがないので本当に誰かと思った。こんなにブスだったんだあ。もう無理かもしれないなこれは。「いかがですかあ」と聞かれたので「すっきりしましたね〜」と答えて、2,000円を払って逃げるように店を出た。店の名刺はすぐに捨てた。本気で泣きそうだった。なあんだ、こんなにブスだったんだあ。あまりにブスすぎて、家に帰ってきて寝込んだ。こんなにブスなのにもう2年も付き合ってくれる恋人は聖人だと思う。「髪型が嫌だ」と言って泣く私を「お姉さんみたいで可愛いよう」と慰めてくれた。私の生命保険の受取人はこの人にしようと思った。

 

化粧も美容室も身なりに気を遣うことも、私にはまるで不自然で、人じゃない生き物が人のふりをしているようで痛々しい。誰しも最初はそうかもしれないが、誰もが生きていくなかで練習をして学習をして体験をして自然になり、そうしてちゃんとした人になっていくのだ、と思う。漢検も英検も数検もいらないから、ちゃんとした人になる方法を習得したかった。ドブに捨てた2,000円が今までの私の人生の価値である気がして、変な髪型にされたこと以上に泣きたくなった。