肉まん
誠実でありたい、と思う。
才能もセンスも人脈も経験も知識も技術も何もないわたしが生きていくには、ただただ誠実でありつづけるしかないのだ。
子どもから大人になっていく日々のなかで、「ひとに優しくすること」「真面目にがんばること」「ルールを守ること」「よい人間であること」が、いつかわたしの救済につながることや、いつか報われることとして信じて疑わなかった。
同時に、子どもから大人になっていく日々のなかで、それらの「いつかわたしの救済につながるであろうこと」や「いつか報われるであろうこと」は、どんどん色褪せていった。
優しさで損をしたり、真面目にがんばることでバカを見たり、ルールを守ることを笑われたり、よい人間であることを弄ばれたりして、たぶん、わたしは、ちゃんと大人になれなかった。
みんなと同じように「当たり前のこと」を当たり前にしようとしても、わたしだけが上手くいかないみたいで、いろんなことに傷ついて、疲れて、いやになって、それが生きていくことへの後ろめたさになっていたように思う。
みんなに合わせてそんな思いをするくらいなら、いっそ合わせないほうが生きやすいのかと思ってみたけど、そうでもないみたいだ。
たぶん、レールから外れて生きていけるのは、レールから外れてしまったひとではなくて、レールから外れても生きていけるひとなのだ。
みんなと同じこともできない人間ができることなんて、なにもないんだなあと思った。
だからこそ、わたしは誠実でありつづけなければならない。
ひとつずつ、ていねいに、誠実でありつづけること。他人に対して、仕事に対して、友情に対して、時間に対して、愛情に対して、ルールに対して、生活に対して、人生に対して、世界に対して、わたしに対して、誠実でありつづけること。
だって全員殺せないのなら、全員愛するしかないのだ。